虚空に向けての言葉

Mar.31, 2013
written by kotobuki-originpine March 31, 2013

個人サイト、もしくは日記形式のブログのようなもの、近年ではFacebookやTwitter等のSNSを使い、なにかしらの個人的な日々の記録や、考えたこと感じたことの断片やらを、細々と不定期ながら長年に渡り綴ってきてはおりますが、自問自答を含め、ではなぜそんなことをしているのかと問われると、これはいつも言葉に詰まるのです。

SNSにはコミュニケーションツール性というものがあり、例えばFacebookなんかでいえば、近しい知人友人間との相互のやりとりや意思確認、そういうつもりもあって利用しているのは確かながら、では「Facebookに近況をアップする」ことが、「特定グループに一斉配信で近況を知らせる」のと同じかというと、理屈としては同じであるような気もするものの、どうも確実に違うとしかいいようがないし、ではこの個人サイトはどうなんだというと、コメント機能やBBS等、外部からのフィードバック機能を意図的に切り捨てたりもしているのであり、じゃあ俺、いったい誰に向けて日常を公開しているんだという疑問に至ってしまうのです。
 その上、できるだけひっそりと暮らしたいという願望さえある自分が、大げさに言えば広く全世界に個人的な日常を公開しているのはなぜなのか。「馬鹿とだけは思われたくない」を日頃のモットーにしているはずの自分が、ブログでは馬鹿かと思われかねないことを書いてしまうのはなぜなのか。いろいろな謎や疑問は深まるばかりです。


「誰に向けて」「何を目的に」「そもそもなぜ」という、Web上で日常を公開している対象や動機が、長年にわたって曖昧なままであり、ここはちょっと、ということでそういった事柄を改めて少し考えては見たところ、漠然と頭に浮かんだのはこんな言葉でした。

「虚空に向けての言葉」

 自分が公開しているのは、ひとに伝えたい、もしくは伝えるべき、という種類のものではなく、おそらくはひとに伝えるような代物ではない個人的な備忘録のようなものではないか。その備忘録を、ひとの視線や声を意識せず、ただ純粋にWeb上にアップロードすること。いわば「虚空に向けての言葉」を虚空に放つことこそが、僕にとっての「Web上で何かしらの事柄を公開すること」なのではないかと、漠然とながらそう定義することはできたのです。

 そんなものをですね、誰に向けてのものでもない個人的な備忘録をですね、なにかの折にたどり着いて目にしてもらえたり、Facebook上の「いいね」やコメントで、あるいは直接の形で、何らかのフィードバックをもらえるというのは、これまた幸いなことでもあります。

 すでにお気づきだとは思いますが、この文章、相当ダラダラ書いてます。
 これまで僕がWeb上で公開してきた記述は、サイトデザイン上の関係も含め、自らが作ったある規制のため、文字数の制限されたものでした。なんせ公開しているものがダラダラした内容であって、この文字数制限は、ダラダラした内容をシャープに納めるのに非常に効果的でもありました。ただ、同時にある種のジレンマがあったことも事実です。
 文字数が足りず書きたいことが書ききれない。 簡潔な文章にするための言葉の推敲がもどかしい。ともかくも、これまで以上にダラダラした内容を、これまで以上にダラダラ書きたい。なんか、とにかく、もっとダラダラしたい。
 その思いをなんとかするべく、ただそれだけの理由で、サイトリニューアルのついでの形でこのコンテンツを作りました。
 やるからには、とにかくダラダラ書きます。
 決して約束はできませんが、これからの「このページ」にご期待ください。

Mar 31, 2013   0:44 AM